フィルム時代の鳥見記録(東京 その四 立川富士塚公園) トラフズク ― 2023/08/22 20:15
1986年2月、テレビのニュースか新聞の記事で、立川市の神社にトラフズクがいることを知った。どこの神社か問い合わせてみたが、当然ながら教えてもらえなかった。
とりあえず、立川駅から近そうな神社から当たってみようと思った。長岡京のクロトキのときもそうだったが、一体立川市に何か所神社があると思っていたのだろうか、行って見れば何とかなるだろうと、恐ろしく楽観的だった。最初にどこに行ったのか覚えていないが、そのうち交番で聞いてみたら、あっさり教えて頂いた。富士塚公園(富士塚児童遊園)園内の浅間神社という10m×20mほどの小さな神社である。境内の木に4羽、公園脇の信号機に1羽、トラフズクがいた。その場に居た間、自分以外にはだれもいなかった。きっと今なら大勢集まっているだろう。
当時のことは、立川市歴史民俗資料館「資料館だより」第26号(令和4年3月)に詳細に記載されている。同資料によれば、トラフズクは9羽いたらしい。資料の写真ではクロマツに留まっているが、私が撮ったときはヒノキ科の木にいたようだ。
その日は今にも雨が降りそうな曇天で、レンズは300mm(+2×テレコンだったかも)、フィルムはエクタクローム(ISO100)で、シャッター速度は1/30秒程度だったと記憶している。36枚撮りのフィルム2本を撮って、トラフズクと判別できる写真は1枚しかなかった。先の記事のオオコノハズクも似たようなものだ。歩留まり数十分の1、その一枚を撮るのに費やしたフィルム代と現像代は3~4千円、今の物価だと5千円。今のデジカメは天国のようだ。
とりあえず、立川駅から近そうな神社から当たってみようと思った。長岡京のクロトキのときもそうだったが、一体立川市に何か所神社があると思っていたのだろうか、行って見れば何とかなるだろうと、恐ろしく楽観的だった。最初にどこに行ったのか覚えていないが、そのうち交番で聞いてみたら、あっさり教えて頂いた。富士塚公園(富士塚児童遊園)園内の浅間神社という10m×20mほどの小さな神社である。境内の木に4羽、公園脇の信号機に1羽、トラフズクがいた。その場に居た間、自分以外にはだれもいなかった。きっと今なら大勢集まっているだろう。
当時のことは、立川市歴史民俗資料館「資料館だより」第26号(令和4年3月)に詳細に記載されている。同資料によれば、トラフズクは9羽いたらしい。資料の写真ではクロマツに留まっているが、私が撮ったときはヒノキ科の木にいたようだ。
その日は今にも雨が降りそうな曇天で、レンズは300mm(+2×テレコンだったかも)、フィルムはエクタクローム(ISO100)で、シャッター速度は1/30秒程度だったと記憶している。36枚撮りのフィルム2本を撮って、トラフズクと判別できる写真は1枚しかなかった。先の記事のオオコノハズクも似たようなものだ。歩留まり数十分の1、その一枚を撮るのに費やしたフィルム代と現像代は3~4千円、今の物価だと5千円。今のデジカメは天国のようだ。
真夏の三番瀬(4回目)-ソリハシシギ・メダイチドリ・トウネン・オオセグロカモメ ― 2023/08/24 23:08
先々週、先週に続いて三番瀬に行った。暦の上では秋でも真夏としか言いようがない暑さの中で干潟に行ったのは、日ごとのタイドグラフ・潮位と実際の干潟の状態の関係を知るためというのもあった。干潟に着いた時間の潮位は、先々週は130cm、先週は80cm、今週は120cmだ。
これまでと比べて、シギ・チドリの種類も数も少し増えたようだ。写真上はトウネン、下はミユビシギ。先の記事でも書いたように、トウネンとミユビシギは羽衣によっては単独では識別が難しいが、大きさの見当がつけば区別できる。残念ながらトウネンの後趾は確認できなかった。
メダイチドリ。左はメス、右はオス。「フィールドガイド日本の野鳥」に「メスの夏羽では胸の橙色は淡く黒線はない」と書かれているとおりだ。どちらも谷津干潟で付けられたと思われるフラッグと足環があり、青いフラッグには、メスは黒字で827、オスは白地で8〇7と記されている。
ソリハシシギ。今季初めて見た。
オオセグロカモメ。これまでウミネコばかりだったが、この日はオオセグロカモメが数羽いた。ウミネコよりも二回り大きい。この写真でははっきりしないが、他のコマでは目のアイリングがピンクだ。
足環のあるダイゼン 足環の文字は、「KANKYOCHO TOKYO JAPAN 6(5?)A12708」と読める。ガイド番号は5Aか6Aか判然としないが、「鳥類標識マニュアル」(改訂第11版)によると、5Aと6Aのどちらも適合鳥種は中型シギ、チドリ類だが、ダイゼンの適正足環サイズは6なので、6Aの可能性が高い。因みに、ダイゼンより少し小さいムナグロの適正サイズは5ということだ。
三番瀬の干潟減少に対し、「千葉県三番瀬再生計画」の基本計画が平成18年に策定され、その後事業計画が何度か策定されているが、なかなか進まないようだ。そうした中、一昨日、市川市が三番瀬(塩浜地区)の干潟整備計画を発表した。来年調査を実施し、再来年から砂の投入を始めるということだが、逆効果や計画倒れにならないことを祈る。
これまでと比べて、シギ・チドリの種類も数も少し増えたようだ。写真上はトウネン、下はミユビシギ。先の記事でも書いたように、トウネンとミユビシギは羽衣によっては単独では識別が難しいが、大きさの見当がつけば区別できる。残念ながらトウネンの後趾は確認できなかった。
メダイチドリ。左はメス、右はオス。「フィールドガイド日本の野鳥」に「メスの夏羽では胸の橙色は淡く黒線はない」と書かれているとおりだ。どちらも谷津干潟で付けられたと思われるフラッグと足環があり、青いフラッグには、メスは黒字で827、オスは白地で8〇7と記されている。
ソリハシシギ。今季初めて見た。
オオセグロカモメ。これまでウミネコばかりだったが、この日はオオセグロカモメが数羽いた。ウミネコよりも二回り大きい。この写真でははっきりしないが、他のコマでは目のアイリングがピンクだ。
足環のあるダイゼン 足環の文字は、「KANKYOCHO TOKYO JAPAN 6(5?)A12708」と読める。ガイド番号は5Aか6Aか判然としないが、「鳥類標識マニュアル」(改訂第11版)によると、5Aと6Aのどちらも適合鳥種は中型シギ、チドリ類だが、ダイゼンの適正足環サイズは6なので、6Aの可能性が高い。因みに、ダイゼンより少し小さいムナグロの適正サイズは5ということだ。
三番瀬の干潟減少に対し、「千葉県三番瀬再生計画」の基本計画が平成18年に策定され、その後事業計画が何度か策定されているが、なかなか進まないようだ。そうした中、一昨日、市川市が三番瀬(塩浜地区)の干潟整備計画を発表した。来年調査を実施し、再来年から砂の投入を始めるということだが、逆効果や計画倒れにならないことを祈る。
フィルム時代の鳥見記録(東京 その五 その他) ― 2023/08/27 19:43
・多磨霊園-カッコウ
1985年6月、多磨霊園に散歩がてら行ったときに見たカッコウ。とても識別できるような写りではないが、鳴き声は間違いようがない。
当時、住んでいた家の近くの神社に一週間ほどカッコウがいたことがあった。夜明け前からさえずっていて、200mほどの距離でも結構な大きさで聞こえてきた。鳥の声で目覚めるといえば聞こえはいいが、カッコウの声は高原に限る。
・大井野鳥公園
1983年、初めてのバードウォッチングに行ったのが大井野鳥公園である。その時の写真を見ると、看板には「大井第七公園」と書かれていて、大井野鳥公園は通称だったのだろうか。
Wikipediaの東京港野鳥公園の項には、「1978年に「大井第七ふ頭公園」として開園」、「1989年に24.9ヘクタールの「東京港野鳥公園」になった。」と書かれているが、「日本の探鳥地777」2巻(関東・中部編)初版(1984年発行)の大井野鳥公園の説明にはすでに「「東京港野鳥公園」のバス停から・・・」と書かれていて(但し、同書の地図ではバス停は「大井第7公園」と書かれている)、実際の経緯は不明である。
1983年当時は、公園に隣接する大田市場が建設される前で、一面原っぱ(葦原?)になっていて、公園はそのごく一部だったが、周辺も通路ができていて歩くことができた。その後、公園が拡大されて「東京港野鳥公園」になり、数年前にさらに拡張され、新たな干潟が整備されたようだ。
・その他
東京では他に、明治神宮、御岳山、三宅島、多摩川・是政等に行った。
探鳥地ではないが、調布市の多摩川近くの倉庫の軒下にヒメアマツバメが営巣していることが知られていて、見に行ったことがある。その倉庫はもう無いようだが、今でも多摩川流域や都心のビルで営巣しているらしい。
1985年6月、多磨霊園に散歩がてら行ったときに見たカッコウ。とても識別できるような写りではないが、鳴き声は間違いようがない。
当時、住んでいた家の近くの神社に一週間ほどカッコウがいたことがあった。夜明け前からさえずっていて、200mほどの距離でも結構な大きさで聞こえてきた。鳥の声で目覚めるといえば聞こえはいいが、カッコウの声は高原に限る。
・大井野鳥公園
1983年、初めてのバードウォッチングに行ったのが大井野鳥公園である。その時の写真を見ると、看板には「大井第七公園」と書かれていて、大井野鳥公園は通称だったのだろうか。
Wikipediaの東京港野鳥公園の項には、「1978年に「大井第七ふ頭公園」として開園」、「1989年に24.9ヘクタールの「東京港野鳥公園」になった。」と書かれているが、「日本の探鳥地777」2巻(関東・中部編)初版(1984年発行)の大井野鳥公園の説明にはすでに「「東京港野鳥公園」のバス停から・・・」と書かれていて(但し、同書の地図ではバス停は「大井第7公園」と書かれている)、実際の経緯は不明である。
1983年当時は、公園に隣接する大田市場が建設される前で、一面原っぱ(葦原?)になっていて、公園はそのごく一部だったが、周辺も通路ができていて歩くことができた。その後、公園が拡大されて「東京港野鳥公園」になり、数年前にさらに拡張され、新たな干潟が整備されたようだ。
・その他
東京では他に、明治神宮、御岳山、三宅島、多摩川・是政等に行った。
探鳥地ではないが、調布市の多摩川近くの倉庫の軒下にヒメアマツバメが営巣していることが知られていて、見に行ったことがある。その倉庫はもう無いようだが、今でも多摩川流域や都心のビルで営巣しているらしい。











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